「ぜぁっ!!」
クロネが剣を振りかざす。
青年は軽々と避け言う。
「おぃおぃ…駄目だヨ、ヒューマン。そんなに隙をみせちゃア…」
青年は槍をクロネに突き刺そうと力を入れる。
「…あっと言う間にゲームオーバーだヨ」
-第9話- a GAME
「くっ!」
クロネは身体を回し、槍が急所に当たるのを避ける。
だが槍は腕に刺さった。
「ワーーオ。反射神経はよシ。でも…」
槍を次々繰り出す。
「経験がなイ」
青年はクロネに一気に近づくと腹に蹴りを入れた。
「――ぐっ!!」
腹を蹴られクロネは蹲る。
「終わりかァ?ヒューマン」
青年は槍を回し、切っ先に付着しているクロネの血を舐めた。
「つまんねェヨ」
槍をもう一度回す。
口元に残忍な笑みを浮かべながら蹲っているクロネに近づく。
くすくす。
「クロネ!」
アルフの叫び声。
(わかってる…って)
クロネは動こうとした。が――
(身体が…動かな、い!?)
身体が痺れていて動けなかった。
「やっと、効いてきたカ。身体ァ、動かないだロ?この槍には毒が塗ってあるからネ」
くすくす。
「その毒で死ぬことはないヨ。意識も感覚もあル。――ただ、動けないだケ」
(…く)
何とか動かないかと思い、意識を集中させる。だが、身体は全くクロネの言うことを聞かない。
そんなクロネを見下しながら青年は近づいてくる。
――殺される!
クロネは目を瞑る。
「――なっ!?」
青年の驚いている声にクロネは目を開けた。
クロネの前には、
白い羽根、
淡い空色の長い髪、
天使が両手を広げた状態でクロネの前に立ち、庇っていた。
「貴方は、私を殺しに来たのでしょう?ですから…」
天使の声は微かに震えていた。
彼女は顔を、恐怖を断ち切るかのように横に振る。
唇を噛み、紅い瞳が青年を捉える。
「――私を殺しなさい」
凛とした天使の言葉に辺りは静まり返る。
青年は天使に向かって槍の切っ先を向ける。
「…いいのカ?お前は世界の救世主なんだろウ?こいつが俺の相手をしている間にここ逃げれば助かったかもしれないのニ。助かったかもしれない命を自ら投げ出すのカ?」
「逃げれば助かった。確かにそうかもしれません。でも、私は目の前で尊い命が消えるのを見逃すわけにはいきません」
「ご立派な思考を持っているナ。流石は『神の子』ダ」
青年は馬鹿にしたように言う。
「私が犠牲になります。だから、彼らの命を奪わないで。傷つけないで」
「…約束、か?」
クロネはその様子を目を見開いて見ていた。
(やめ…ろ、あの時と一緒だ――)
老婆を庇った為に死んだあの子と――天使が重なる。
青年は槍を突き出す。
天使は胸の前で指を組み、目を閉じた。
(アルティア様、どうかご加護を――)
ドス
肉に刃物が突き刺さる音。
ぽたぽた、
ぬるりとした紅い血が槍を伝い白い床に朱の斑点を描く。
(…?)
天使は目を開ける。
刺さった音がしたのに痛みがない。
異物が体内に入ってくる感覚もない。
一体何故――
その答えはすぐに解った。
彼女は目を見開いた。
青年も目を見開いた。
そこにいる誰もが見開いた。
栗色の髪、黒衣を纏った少年の――
腹部から槍が生えていた。
「あ……あ…ああっ」
天使は自分の前に立っている少年を見上げる。
「どうして、どうして…」
少年の足元に腹部から流れ出てくる血が溜まる。
「クロネ――――――――ッ!!!」
アルフが駆け寄ってくる。
クロネはその姿を虚ろな目で見、自分の後ろにいる天使を見た。
(無事…のよう、だな…。御免――アルフ)
ぬぷ
生理的に嫌な音がし、クロネの腹部から槍が抜かれる。
抜かれた場所から鮮血が噴き出す。
どう、
と倒れる音。
その直後にアルフがクロネのもとにたどり着く。
急いでクロネを起こす。
「クロネ!クロネぇ!!やだよぉ、嘘だろ!?返事してよ!!」
輝いていた瞳が生気を失い、表情も青白くなる。
口の端から血が流れる。
「何かの冗談だよね?そうやっていつも僕を驚かせるんだから…っ!!ほら、いつもみたいに笑って、…笑ってさぁ、『冗談だよ』『嘘だよ』って言ってよ…」
ぽろぽろと大粒の涙が瞳から零れる。
涙の一部がクロネの頬に落ちたが彼は反応しない。
その様子を見ていたマアヤは目を逸らした。
(人を殺すことに慣れているけど…だけどっ!知っている人が殺されるのは…辛い)
――あの惨劇を思い出すから
「嘘だって言えよ!馬鹿兄!!言えよっ!!!!」
アルフはクロネの胸を叩く。
天使がふらふらした足取りで近づく。
「間に合う…まだ、間に合う…っ」
天使はクロネの胸を叩いているアルフの手を止める。
アルフは天使を見た。
悲痛そうな顔をしている。
天使はチョーカーについている十字架を握り締めた。
「ゲームオーバー」
青年のつまらなそうな声。
その残忍な声を聞いてアルフの怒りは頂点に達した。
懐に両手を入れ、そこから取り出した物を青年に向かって投げた。
ひゅん、ひゅんっ!!
二つの輪が背後から青年を切りつけようとする。
青年はクロネの血が付着して紅く染まっている槍を回転させ、チャクラムを落とす。
「こんなノ、俺には効かないヨ」
くすくす。
口元に笑みを浮かべながら青年はアルフに近づく。
「大丈夫、キミも逝くかラ」
素早くアルフに寄り、蹴り飛ばす。
「――ッ!!」
アルフは蹴り飛ばされる直前に杖を構え盾にする。
これで多少ダメージは防げれた。
しかし、クロネと天使から離れてしまった。
「さて、『神の子』を殺すカ。キミはその後ダ」
「!!!」
「させないっ!!」
アルフの声響いたかと思うと火の玉が青年に襲い掛かった。
青年は炎を振り払う。
「小癪ナ!そんなに早く死にたいカ!!」
アルフは青年の罵倒に怯みもせず、彼を睨む。
まだ乾いていない血が槍を握っている青年の手を紅く染める。
切っ先と、手から滴り落ちる朱の色。
アルフは杖を構え、再度魔法を放つべく詠唱し始める。
青年は音も立てずにアルフの目の前に一瞬で寄ると、杖を持っている彼の手に槍を突き刺した!
「うああああああっ!!!!」
ずっ
手の甲を槍を貫通する。
カラン。
杖の落ちる音。
手の甲にはまだ槍が刺さったままだ。
「魔法…。詠唱を防げば発動しなイ。本来ならばサポートをするものがいてこそ可能となル。今のお前には誰もいなイ」
手を押さえて泣いているアルフを見下ろす。
(駄目――強すぎる。やはりあの方には敵わない)
マアヤは自分を抱きしめる。
腕や足から溢れてくる朱の色が湖を作り出していた。
天使は悲痛そうに顔を歪めるが、振り切りクロネの身体を見た。
腹部の損傷が激しい。臓器にも刃が渡っているのかもしれない。
(でも――。まだ、生きてる)
微かに脈がある。
クロネの身体を自分の膝へと乗せる、真っ白なワンピースが血で汚れるのが今はそれ所ではない。
もう一度十字架を握りしめる。
「お願い――力を貸してください、『アテナ』――」
十字架から暖かな光が零れる。
(何をする気ダ――?『神の子』)
(まぁ、いい今は――)
青年は槍をアルフの首筋に当てた。
槍をこのまま横に引くと頭と胴体は離れるだろう。
「お前たちはよくやっタ。俺相手ニ。せめてもの救いだ、苦しまずに逝かせてやル」
天使はその声に気付き叫んだ。
「…やめてぇ―――!!」
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