薄暗い中、水音を立てて進む。
足元に水があるので、体力を消耗する。
-第5話- 地下水路
ここに入ってから戦闘は二度程あった。
蝙蝠が巨大化したような魔物で、鋭い牙を持っていた。
足元が滑って思うようにいかず、マアヤに何度も助けられた。その度に「何をしている、ノロマ!」と罵声が飛んできた。
アルフも同じだったようである。
彼の顔を見ると疲れているのが一目瞭然だった。
「…くる」
先陣を切っているマアヤがクロネたちに聞こえるように呟くと両手から糸を出した。
ギィィィィイィィ!!!!
耳を押さえたくなるような魔物の声と羽ばたく音。
「こいつは…」
マアヤは驚いたような声で言った。
「気をつけな!こいつは今までの奴とは違うよ!!」
暗がりが広がる通路から滲み出すように『ソレ』は現れた――。
今までこの中で戦った魔物より5倍大きく、鉤爪と牙は鋭く―毒を持っているのが明らかであった。
ギョロっと魔物の血の色をした瞳がクロネたちを捉えると一際大きく鳴いた。
ギィィィィィィィィイイィ!!!!
魔物がこちらに向かってくる。
鋭い鉤爪がマアヤに襲い掛かる―。
「マアヤ!!」
「わかっている!!」
マアヤは両手を翻した。糸がマアヤの前に集まって爪を受ける。
「マアヤ!後ろだ!!」
「な――!?」
ザっ――!!
魔物の仲間であったのであろうか―。
今までクロネたちを襲ってきた魔物がマアヤの肩を突いたのだ。
「…っ!!この下衆がァ!!!」
マアヤは苦痛に顔を歪ませながら肩から魔物を引き抜くと糸でバラバラに引き裂いた。
魔物の血とマアヤの肩から噴出した血が混ざり、足元に溜まっている水を紅く染めた。
「っち!アタシとしたことが…!!」
マアヤは目の前にいる魔物に糸を繰り出した。
糸は魔物の体を少し傷つけただけだった。
「思ったより硬い…アルフ!!」
「うん、わかってるよ!ってかもう準備OKだし」
アルフは杖の先から炎の塊を出した。
炎は魔物に当たるとその身体を焼いた。
周りの壁が赤く照らされる。
が、しかし
魔物は翼を広げると羽ばたいて炎を消した。
「嘘ォ!?」
「もっといい魔法ないのかよ!雷系とか」
「使えるけど駄目だよ!ここ水溜まってるし、こっちまで感電しちゃう!」
「じゃあ氷!」
「足元の水まで凍るよ!!少しは考えてよクロネ!!」
「無駄話しない!くるよ!!」
低い唸り声と共に翼が下ろされる。
「げっ!!」
クロネは転がるようにして攻撃をかわす。
後ろにあった岩が音を立てて崩れる。
「うっわ…。凄い攻撃力…」
「関心すんなよアルフーー!!!」
避けたことによって全身びしょ濡れになったクロネがアルフに突っ込んだ。
マアヤは糸で雑魚を蹴散らしていると思いついたようにはっと顔を上げた。
「アルフ!!氷の魔法っ!」
「だから、床まで凍…」
「違うっ!奴の翼にだ!」
「翼!!?あ、そっかあいつさっき羽ばたいて僕の炎の魔法を消していたから…翼を凍らしたらそれが出来なくなる!」
「アタシがおとりになっている間に魔法を唱えな!」
雑魚を粉々に切り刻むとマアヤは魔物に向かって走り出した。
魔物はマアヤに向かって何度も攻撃を繰り出す。
それに対してマアヤはすばやい動きで攻撃をかわし、隙を見て糸で魔物を攻撃している。
だが、
「―――ッ!!」
ついさっきやられた肩の傷が痛み一瞬動きが鈍くなる。
魔物はそれを見逃さなかった。
魔物の鋭い牙がマアヤの腕に深く食い込む。
「マアヤッ!!」
「くっ…アルフ!」
痛みに顔を歪ませながらマアヤは叫んだ。
「今、助けるよ!!氷の元素…集まれっ
――アイスッ!!」
杖の先から青い光が魔物に向かって走る。
あたりが急激に冷えてくる。
ピキピキ…
氷の軋む音がし、徐々に翼が凍り始める。
「やったっ成功っ!」
アルフの嬉しそうな声が聞こえる。
クロネはマアヤを救出すべくアルフから貸してもらったナイフを魔物のギラギラ光る目に向かって投げた。
ギィィィィィイイイィ!!!
ナイフが目に突き刺さり、魔物が叫び声をあげる。
ぬらぬらとした血が流れ出る。
翼は完全に凍った。
「おい」
マアヤの声。
その声は低く不機嫌そうだ。
「いつまでアタシに汚れたものを突き刺している?」
紫水晶の瞳が冷ややかに魔物を見る。
マアヤは刺されてない方の腕を翻し、牙を根本から切断した。
また叫び声があがる。
それと同時に爆発音がして魔物はどう、と倒れた。
アルフが爆発系の魔法を魔物に向かってぶっ放したからである。
動く気配はなかった。
「ふぅ…疲れた」
アルフがそう口から零した。
「マアヤ、大丈夫か!?」
クロネはマアヤに駆け寄る。
マアヤはいつもの不機嫌な表情で嫌そうに答えた。
「…別に。何ともない」
「嘘付け。結構攻撃食らってたじゃないかっ!それにアイツ明らかに毒持っていてそうだったし…」
「毒?あぁ、あったよ」
「へ、平気なのかよっ!」
アルフも駆け寄ってくる。
「そうだよ。大丈夫なの?」
「毒なんて大した事ない」
「いや、あるだろ」
マアヤは深くため息をついた。
「アタシは魔族だし、暗殺者だ。毒なんて耐性あるし、慣れてる」
「慣れてるって…」
「そういう訓練を受けるの」
「…へぇ。そうなんだ」
「だからアンタたちみたいにひ弱じゃない」
「それ、余計だって…ッ」
動かなくなった魔物の亡骸を見つめながらクロネは落胆した。
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